はたらく

はたらくってなんだろう。なんのために人ははたらくのだろう。
山本有三氏は『路傍の石』で、「はたらくということは、自分ががんばってはたの人を楽にするということ、そうしていれば自分も楽になれる」と述べている。つまり、結果的として自分が楽になるために汗水たらすことを、はたらく、と。
はたらく・・・漢字で書くと、働く。「人が動く」と書く。
はたらいているという状態とは。週に数時間のアルバイトでも、はたらいているというのか、それとも、一日の活動時間の大半をそれに費やしている場合に、はたらいている、というのか。
日々はたらく。その報酬は、誰のために?なんのために?その価値は?
はたらかない人。その報酬に価値を見出せないということか。
人ははたらき続けて、一生を終えるのか。
work。はたらく。作品を作る。ライフワークという言葉もある。

などと急に思ったのは、尾崎豊の曲がカーステレオから飛び出してきたから。彼の詩のなかで「はたらいている」という状態は、親のすねかじりをやめた「大人」の象徴であると同時に、退屈な学校や日常から飛び出そうともがいている、限りなくモラトリアムに近い反抗的行動の象徴でもある。はたらく。お金儲けのためであることは間違いない。ただそれ以上に、殻を破って飛び出した自分というものを確認せんがためのつたない行動表現である場合もある。一人前の人間として社会に認められたいという潜在的願望が背後にあるのかもしれない。「大人に勝てるのは大人だけだ」と、某・悪の3人組のリーダー(姐さん)は言った。現代において、はたらかないという選択がクローズアップされているということは、「大人」と面と向かってタイマン張る必要のない状況がそこかしこに点在しているからだろうか。それにしても、「大人」とは、なんともずるい用語ではないか。「大人」という能書きがあれば何でも許されるのか、なんてくだらないことに憤りを感じていた時代もあったものだ。
私は、どうしてはたらいているのだろう。どうしたくてはたらいているのだろう。時々そんなことを考えてみるのもいい。

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