おんがくををしへるといふこと

仕事でいくつかの小学校を訪問しました。業務内容は、子供たちにオーケストラ演奏を聴かせること。我が社としては、未来の顧客確保という非常に打算的なもくろみも当然あるのだろうが、子供たち自身の情操教育とか、子供たちと音楽を通してコミュニケーションを取ることでこちらもよい刺激を受けるといった、言葉にすると非常に美しい理想論っぽいことも現実には起きているわけで、双方にとってとても有意義な時間が持てるのです。

小さな子供たちに音楽を聴かせるのって難しい。知ってる曲なら、目の前で演奏して見せれば身を乗り出すようにして聴いてくれる。数百人の子供たちが、一人の演奏家の奏でる曲に合わせ、誰に指示されたわけでもないのに歌い始めたり。

でも、いわゆる「クラシック」な曲って、仮に知っている部分があってもそれはわずか数秒の旋律だったりして、そのほかの数分、時には十数分は知らない曲。始めは様々な楽器に興味を示していた彼らも退屈してくる。となりの子とおしゃべりして先生に叱られる。ケンカが始まったり泣き出す子がでたらもう最悪。

子供たちにクラシック音楽を少しでも楽しんでもらうというのは、音楽集団である我々の任務の一つであり、やりがいでもある。プログラムに工夫が必要だし、指揮者体験コーナーや楽器紹介なんかも有効だ。指揮者あるいは司会者のトークも重要。子供たちに分かりやすく、面白く、ためになる、子供の視線に立った解説が必要だ。一方で、学校教育の現場においては子供たちの一番身近な存在である先生たちの役割も重要である。開演前に子供たちはおしゃべりはダメと釘を刺されるが、これはあまり良くないというか、適切でない場合もある。もちろん、礼儀作法や忍耐力を養うためとか、まわりのお客さんのことも考えさせるとか、そういう教育も必要だけど、場合によっては子供たちに自由に音楽を楽しませることも、教育上適切であることもある。演奏に合わせて歌ってくれたりすると、我々も楽しくなってくるし、かといって踊りまわったりされると集中力をそがれることもあるし、程度問題なのだが。

ほとんどの先生が「楽しみにしてました」とにこやかに話してくれる。ただ哀しいかな子供たちの前では、いくら楽しくても大はしゃぎすることができない。一昨日訪れた小学校では、一人の先生にもオーケストラの指揮を体験してもらった。先生は耳まで真っ赤にして、汗までかいて緊張してたみたい。でもやっぱり、どこか慎み深いのね。子供じゃないし立場もあるし威厳も保たなきゃならないし、気持ちはすごく分かるんだけど。先生たちにも心から楽しんでもらえるようなプログラムってないものだろうか。これは今後も考えていきたい部分。

学校の現場というのは、当然ながらコンサートホールの勝手では事は進まない。担当の先生たちも、言葉は悪いが素人同然である。なので、こちらもそういった対応をしなきゃならないし、コンサートホールでは当然のように行われることもいちいち説明して理解を得ないといけない。いけないというか、そうすべきであると考えている。またまた言葉は悪いが、そういった面で先生たちを「教育する」ことも我々の任務だと考えている。もちろん、コンサートホールでは当然のように可能なことも学校施設内では不可能なこともある。例えば、学校敷地内での喫煙は厳禁だ。でも、指揮者やソリストがスモーカーだった場合、無理を言ってどこかで喫煙可能にしてもらうことも。無理にでもお願いするところと、諦めるところと、相手の考えも含めてきちんと理解し対応する必要がある。

閑話休題。私も幼少のみぎりの頃、通っていた小学校に弦楽四重奏や演劇団体が来たことがあった。当時は大して興味もわかず適当に見てたような気がするが、今思えば大変もったいないことをしたものだと歯ぎしりすることしきりである。ところで、それぞれの団体も同じように、我らが先生方と協議し、協力して公演を実現していたのだろうな。

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