着メロを「とる」???

ヘンな日本語。っと思ったことはないですか?「無料で待ち受け画像とり放題!」とか、どういう理由か分からないけど、なんか気持ち悪いな~と思ってしまう小生であった。

「とる」のなにが気にくわないかというと、それがあたかもバイキング形式の食事よろしく自分のために用意された多くの商品を無造作に、気軽に、そして無遠慮に自分のものにする、という印象を小生に与えるから、だと思う。企業のサイトから「とる」ならまだ許せるんですよ。企業のサイトから「とる」ということは、それがたとえ無料であってもメアドなどの個人情報を対価に支払って「とる」わけですからね。ただ、「とる」という動詞に、本来の「取る」という動詞から派生して「ネット上からコンテンツを携帯電話端末に取り込むこと」という語意が付与されている昨今の日本語事情ゆえ、非営利個人サイトのコンテンツを取得することも、「とる」という語があてられてしまうわけです。なんか善意の個人サイトに失礼な気がするのは小生がお堅いせいでしょうか。

では、なんという語なら小生は許せるのか?パソコン小僧の小生としては、やっぱ「ダウンロード」かな^^;

というか、例えばwindows用のフリーソフトとかあるけど、それを「とる」という人はいないんだよね。一般的なのは、「ダウンロード(DL)する」とか、「落とす」とか。いずれもweb割れだのwarezだのといったアングラがアングラであった時代から使われている、伝統的な用語であります。翻って「とる」はというと、どうなんだろう。もしかしたら携帯端末でコンテンツのダウンロードができるようになってきた頃、その周知をするためのいわばキャッチフレーズのような形で採用された語ではないかと。「とり放題」・・・オサレで魅力的な言葉ですねー。ともかく、相互扶助じゃないけど持ちつ持たれつというか、ギブアンドテイクが美しいとされていた時代にはそぐわない言葉だと思うのです。つまり、「とる」という言葉は小生にとってDOM(Download Only Member)全盛時代の象徴なんでしょうね。何度もいうように企業に対する対価を支払ってのDOMはまったく問題ないのですよ。問題は、個人サイトやコミュニティに対するROMやDOM。ユーザーからの反応が期待できない以上、善意でサイト運営するのにも無理が出て、結局、課金という方法で対価を得ようとする。これは、携帯端末用コンテンツ市場において、個人サイトやコミュニティの営利企業化に繋がっています。端末は基本的に様々な方法で収益をあげやすい仕様になっているのですよ。アプリはパソコンで落として携帯に転送しても使えないとか、着メロに対する規制だとか。つまり「とる」ということをしないと使えない機能が多いのですよね。客に「とる」ためのコンテンツを提供できる者、それはある意味「神」です。「神」のみがコンテンツ制作を独占し、パンピーはそれを「とる」ことしかできないのが、現在の日本の携帯事情なのです。というか・・・ね、端末の処理・通信速度が向上し、それに耐えうるインフラが整備されれば流通するデータは確実に増えるのに、パケット代と称してデータを流通させることそのものに課金するするなんで時代錯誤もいいところだと何度言ったらわかるんだか。せっかく高性能な端末を買っても、それをフルに活用するには情報料、パケット代を支払わなければいけない。なんか、いかにも錯誤って感じがしません?

昔ね、文章は「です・ます調」か「だ・である調」にそろえて書きなさいと恩師に教わった気がする。いや、恩師じゃなくても国語教師ならそう教えるだろうけど。でもまあ、「ですます」と「だである」が玉石混淆入り混じった文章もなかなかいいというか、筆者の心中思惟が伝わってくる気がしません?

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