玉音放送原盤公開に寄せて。

当庁が管理する先の大戦関係の資料について – 宮内庁
玉音放送 – wikipedia

玉音放送の原盤レコード音声が公開されることになったというニュースが先日ありました。1945年8月15日の正午に流された「終戦の詔書」は生放送ではなく前日の深夜に収録されたレコード盤なのです。今まで知られていた玉音は、GHQの要請で原盤レコードを複製した際、余分に作成したレコードがNHKに渡ったものとのこと。

さて、少し前のNHK週間ニュース深読みで、玉音放送原盤公開特集をやっていて、興味深く見ました。玉音放送の成り立ち、口語訳などが分かりやすくまとめられていて、大変勉強になりました。
ゲストの田原総一朗氏が、実際に玉音放送を聞いた人としてコメントしていましたが、興味深かったのは、やはり雑音だらけで聴きづらく、また当時としては意味が難しく良く分からなかった、ということ。この点については故・小松左京氏の小説にもいくつか同意見が書かれています。例えば、『二〇一〇年八月一五日』では、玉音放送を聴く前後の様子が少年の視点から描かれていますが、やはり雑音が多くて聴きづらいことと、そのせいで教師が「ポツダム宣言を受諾」を「ポツダム宣言を離脱」と聴き間違え、「受諾と聴いた」と申告した子どもは教師からひどく殴られた・・・なんて風景が描写されています。玉音放送はたいてい土下座して拝聴する皇国臣民の姿とともに放送されるので、当時を知らない小生もやはりそういう雰囲気で拝聴してしまいますが、当時の人たちはどういう状況でこれを聴いたのだろう、とふと考えます。玉音放送のことは前日のうちに全国民に知らされ、当日も放送前に謹んで拝聴するよう全国民に呼びかけられとのことです。
余談ですが、小松左京氏は戦争体験者ということもあり、8月15日に無条件降伏をした日本としなかった日本をパラレルワールド的に描いた『地には平和を』、自分以外の人々の記憶から大戦の記憶が消えてしまった『戦争はなかった』など、戦争をモチーフに大胆な発想で綴られた作品がたくさんあります。面白いけど素直に笑えない、それどころか恐ろしい、そんな小松ワールドです。

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